ども、魚吉です。

みなさんの住んでいるところに民話ってあります?

 

魚吉が昔良く釣りに行っていた川の近くにはすごく怖い民話が残る橋があるんです。

今回はその民話をちょっと深堀してみます。

名前からしてとっても恐ろしい『おっかなばし』

まず、なぜ『おっかなばし』というところから説明しないとおいけません。

『おっかなばし』がある高畠町では、『恐ろしい』や『怖い』ということを『おっかない』といいます。

『恐ろしい橋』=『おっかなばし』ということになります。

 

とはいえ、魚吉が子供のころはまだ木の橋だったので怖い雰囲気は多少あったのですが、

大きな道路が通り、『おっかなばし』も綺麗になっちゃったので怖さは感じなくなっちゃいました。

『おっかなばし』の民話

それでは本題。

『おっかなばし』の民話を紹介します。

その昔、八幡太郎義家に敗れた安部一族の武将の子で弥三郎という武士がいました。

ある日、弥三郎は妻子と母を残して武者修行にでかけました。

その後、妻子は悪病に倒れ、母は苦しみもだえた末、鬼女になりました。

 

鬼女は橋のたもとで狼を使い、旅人を襲っては金品を奪っていました。

人々はその橋を「おっかな橋(恐ろしい橋)」と呼んで恐れていました。

 

武者修行を終えた弥三郎が郷里へと急ぐ途中、橋のたもとで突然襲いかかる者がいました。

じっと見据えると、白髪の老婆が何頭もの狼を使い襲っているのでした。

弥三郎は狼を追い払い、老婆の右腕を斬り落としました。

しかし、老婆の姿はすでにありませんでした。

 

弥三郎はその腕を拾い持ち、懐かしの我が家にようやく戻りました。

家はすっかり荒れ果てていました。

かすかに奥の間から唸り声がするので、近づいてみるとそこには母の姿がありました

母は涙ながらに妻子の死を伝え、苦労してお家再興の資金を貯えたことを話しました。

 

弥三郎も修行中の苦労話や橋のたもとでの出来事を話しました。

そして、橋のたもとで斬り落とした右腕を見せると、母はたちまち鬼女となり、その腕を取り上げて天高く飛び去りました。

鬼女は弥彦山(新潟県)へ行ったといわれています。

 

弥三郎は母を哀れみ、屋敷内にお堂を作り、「妙多羅天」として祀りました。

また、弥彦山へ去った弥三郎婆は、今までの行いを恥じ、

貧しくて結婚できない男の嫁さがしなどをして人々から縁結びの神として崇められたそうです。

引用元:高畠文化遺産

といった民話があるんです。

 

この民話は、多分高畠町の小学校どこでも習うんじゃないのかな?

昔は魚吉もなんとなく聞いていたんですけど、大人になってから見ると気になることが・・・

 

弥彦山のどこに鬼女は行ったんだ!

鬼女を追え!まずはお堂を目指す

インターネットで、『おっかなばし』『鬼女』『弥彦山』と検索してもそれらしい情報はありません。

ひとまず、弥三郎が屋敷内に建てたというお堂を探してみました。

 

すると、なんということでしょう。

ここの前の公園で子供のころ何回も遊んでいたよ!

その公園の道路挟んだ目の前にお堂が建っていました・・・

弥三郎が建てた妙多羅天のお堂

まさかこんなに身近なところにあったなんでほんと驚きです。

『おっかなばし』から屋代地区の方へ1キロくらいのところかな?

こんなところに民話に出てくる弥三郎が住んでいたのか。

 

ヒントらしいものがないというか、看板に書いてあることも『おっかなばし』の民話とちょっと違うし、

どうやって探そうか悩んだんですけど『妙多羅天』で調べてみたら弥彦神社近くに引っ掛かりました。

これは間違いなく『おっかなばし』と関係がある!

ということで弥彦村へ向かいます。

ヒントは『妙多羅天』だった。弥彦山へ向かおう

弥彦神社

鬼女を探してやってきた、弥彦山。

というか、弥彦神社にまずはやってきました。

 

弥彦神社といえば、新潟でも屈指のパワースポット。

最近身体の調子が良くないのでお参りしてから『おっかなばし』の鬼女を探します。

弥彦神社内の餌付けもできるシカ

弥彦神社内にはシカがいるんですね・・・しかも餌付けも可能!

が、売店が近くにないので餌がなーい。

 

娘はすっごく羨ましそうに周りの餌付けをしている親子を見ていました・・・

ちなみに周りを見てみると、野菜くずや食パンを与えている方が多かったので、もし餌付けをしたい場合は野菜くずか食パン用意しておけばいいと思われます。

 

それにしても目的地が分からない!

 

事前に調べてみると『宝光院』というところに『妙多羅天』は祀られているらしい。

その敷地内にはすっごく大きな木もあるらしいのです。

アイスを食べながら情報収集

ひとまずぐるっと回ったあとに駐車場横のお店でアイスを食べて休憩。

ここのお菓子屋さんは、前回弥彦神社に来た時に回ったお店。

ここにはお気に入りのお菓子があるんです。

お気に入りのさずかりもち

米納津屋さんのさずかり餅。

ゆずが大好きな妻に大好評です。

しっかり効いた柑橘の餡がくるまれているんですけど、さっぱりとしていてとてもおいしい。

さずかりもち

弥彦に行った時にはこれからも買い続けることになると思うリピート商品です。

 

とまぁ、ちょっと脱線しましたがここ米納津屋さんで聞き込みです。

 

聞いてみると結構マイナーな場所らしく、すっごく丁寧に教えてくれました。

というか、魚吉さんは大きな木が好きな人間と思われたらしく、その他数本の樹齢が高い木まで紹介していただきました。

が、大きな木が好きなわけではないのです・・・

高畠町と所縁がある鬼女の行方が知りたかっただけなんです。

いざ、『宝光院』へ!

宝光院は普通のお寺だった

無事、宝光院へ到着です。

教えてくれたお店の方の情報だと駐車場が小さいから停めれるかわからないとのことでしたが、

誰もいなかったので問題なく止めることができました。

 

ちなみに場所は、競輪場のすぐ隣。

上の画像のすぐ左手側は競輪場で、背伸びすればコースが見えそうな感じです。

 

本来なら、この『宝光院』の中に妙多羅天女像が祀られているので、鬼女はここにいた!

ってなるわけだったのですが、いつでも見れるわけではなさそうなので断念。

 

なので魚吉の目的地は、『宝光院』裏手にある『婆々杉』

参道入り口

ここをくぐって裏へ抜けます。

天井が低いので頭をぶつけないよう用に注意。

 

途中、トカゲがいる自然豊かな参道を登っていきます。

ちなみに妻はトカゲを見てヤモリと言っていたんだけどそんなに見分けがつかないものなのか・・・

 

参道はきれいに整備されているのですが、これはあれですね・・・

普通に寺の中にあるお墓までの道を歩いている感じ。

一般家庭のと思われるお墓がたくさんありました。

 

そして一番最奥に目的の『婆々杉』がありました。

婆々杉発見!真横には高畠町との所縁の品があった

婆々杉

かなり立派な杉でスマホで写真を撮っているだけなのに、なぜか神々しさも感じるような気がします。

ちなみに『婆々杉』は新潟県指定天然記念物に指定されています。

樹齢はなんと1000年!近くで見るとかなり大きくて圧巻です。

 

ちなみに場所を教えてくれたお店の方の情報によると、昔は木の周りに柵はなくて、子供たちが手をつないで輪になっていろいろやったりしていたそうです。

今は木を守るためなのかな?でも大事にされているようでよかった。

木の横には

ちなみにこの『婆々杉』の傍らにある石碑。

これは高畠町の有志の方が建立した石碑らしいのです。

高畠町からここまで車で4時間くらいかかるくらい遠いのに所縁を感じられるなんてすごいね。

やっぱりワイルドだった鬼女

弥彦に来た鬼女。

『妙多羅天女』の称号を与えられ改心して善人や子供を守ったらしいです。

 

悪いことばかりしていた鬼女が改心したなんてすばらしい。

 

しかし、『妙多羅天女様』悪人には厳しかったようです。

婆々杉には悪人の死体や服を吊るして見せしめにしていたというのです。

んー、やっぱり根は変わってないかもしれない・・・

死体を吊るして見せしめにしているのに改心したって伝えられているのは民話らしいと言えばらしいか。

 

あれ?ところで縁結びの話はどこ行った?

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